絵画としてつくり、語るもの

 益村千鶴さんの絵を観に行きました。以前は某大型書店の片隅での展示でしたので、とてもせわしい鑑賞でしたので、もちろんその時は初めて実物に出会えたことでの感動を覚えていたのですが、今回、まさにこの方の作品の為に拵えたかのような空間に飾られた絵画群を観て、展示空間の重要性を再確認した次第です。

 

益村千鶴絵画展 @Gallery SAOH&TOMOS

 

 

 しかも、今回は画家の方が在廊されていて、直接お話を聴かせていただく機会にも恵まれました。

 画家は、背景を描くことにかなりの時間と手間をかけていると言われます。それは灰の単色で、起伏の乏しい面に過ぎないと思っていた私の思いを裏切りました。背景というか脇役にあたる箇所にも、画家は時間をかけて一心に向き合うことで、むしろそこの部分にこそ、あえて時と労力を注ぎ込むことで、自分の表現したい形象が熟成されていくのだというのです。

 そう聞かされて見てみても、そこには筆を重ねた時間を感じさせないマチエルが広がっているだけで、表面にはその痕跡を見出すことが出来ません。しかし、自分が時間をかけずに同じような場面を描くことを思うと、自分にはここまでの存在感のある画面はやはり創り出せないと思います。焦らずに、自分の想いを表層数ミリの内に封じ込めることがどれだけ意味のあることかが判り、またそうしている時の楽しさを想像すると、羨ましく思えます。

 

 ほんの数ミリの油絵の具の層にどれだけ自分の感情を入れられるかを考えると、ミケランジェロフレスコ画には、ミケランジェロの吐息も封じ込められて凝固しているのだということを思い出しました。
 



 益村さんは画面に自分の思いを焼き付けたい、自分は言葉として表現することは苦手だったので、「絵」として語ることをしてきたし、これからもしていきたい、と朴訥と語られていました。
 そのお姿は、まるで静寂な礼拝堂の中にいるような雰囲気の今回の展示空間によく溶け込まれていて、その光景すらも絵画のような気がしました。
 

INSCAPE
益村千鶴
CHIZURU MASUMURA
 
2024.1/29(月)---2/10(土)
@Gallery SAHO&TOMOS